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ホーム リオデジャネイロオリンピック応援記 その3(平成28年9月)

リオデジャネイロオリンピック応援記 その3(平成28年9月)

いよいよ準決勝、決勝進出を懸けて

過酷な戦いだった準々決勝から一日置いた18日、いよいよメダルを懸けて戦う日です。この日の朝9時過ぎ、二條議長さんたちと応援に向かうため宿舎を出たところ、偶然にも選手村から目の前の競技場に向かう希望さんとばったり会いました。いつもにも増してさわやかな笑顔の希望さんに、がんばってねと話しかけ、分かれようとした後、バッグにつけた「おおまぴょん」にはっと気づき、即座に写真をねだると、にっこり微笑んで、数枚撮らせていただきました。この大町市のキャラクターは、希望さんが昨年スーパーシリーズのファイナルで優勝されたあと、今年1月に市からの特別功労賞とともに差し上げたもので、今回のオリンピックへの遠征にもバックに付けて連れて来ていただいたものです。おおまぴょんにとっては初めての国際舞台へのデビューですから、市の担当者からの特別のミッションで、是非、希望さんと一緒のところを写真に撮って送るよう厳命を受けていたのでしたが、前日まで、競技会場内では絶対無理!と返事をしていた課題でした。

8/8準決勝の朝、選手専用入口前で希望さんにばったり。おおまぴょんと記念写真を。

■8/8準決勝の朝、選手専用入口前で希望さんにばったり。おおまぴょんと記念写真を。

11時30分からの予定が少しずれ、12時ちょうどに試合開始。相手はインドの長身、179センチのシンデュ・プサルラ選手で、今までの対戦成績は背が23センチも低い希望さんの3勝1敗で、希望さんが圧倒的に優っています。希望さんは、この小さな体を目いっぱい使った守備とスピード感溢れる攻撃が持ち味です。希望さんはいつもよりやや長めの礼をしてコートに立ちました。

私達宿舎に隣接して林立する約20棟もの選手村

■私達宿舎に隣接して林立する約20棟もの選手村

第1ゲームの前半を6-11の劣勢で折り返し、ひやひやしていましたが、後半、粘り強く追い上げ18-19、19-20と、あと一歩まで食い下がりました。しかし、本当に悔しいことに第1ゲームを落としてしまいました。体が思うように働いてくれないのか、心なしか動きにいつもの精彩がありません。あるいは、体の回復を確認しながらプレーしているようにも感じられました。希望さんは、レシーブで倒れこんだ後、いつもよりゆっくり立ち上がり、体力を温存しているかのように見えました。また、いつもはネットの上すれすれに正確なショットを通していたのが、何本かネットに引っ掛ける場面もありました。あるいは上体にも疲れが残っている?と、私も心配になりました。

8/18準決勝インドのシンデュ・プサルラ選手とのセンターコートでの戦い

■8/18準決勝インドのシンデュ・プサルラ選手とのセンターコートでの戦い

第2ゲームは0時30分から始まり、1-3からようやく5-3と逆点に成功しましたが、10-10で追いつかれ、前半10-11と再び逆転されてしまいました。後半、全力でプレーしている希望さんの腕の力に変化が生じたのか、低く浅い返球が目立つようになり、連続して点を奪われ、21-10で終了。決勝への夢を断たれた瞬間でした。相手選手の長身と腕の長さに負けたようで、本当に残念でした。
しかし、観客席からは深いため息のあと、割れるような拍手が両選手に送られました。特に最後まで頑張り抜いた希望さんには大きな拍手が送られました。しばらく放心状態だった私も我に返り、明日の応援に懸けようと気持を切り替えました。長い間の希望さんのメダルの夢を叶えるために、明日は万全のコンディションで試合に臨んで欲しいというのが会場へ詰め掛けた応援の皆さんの共通した願いでした。口々に、「明日だ。明日はもっと一生懸命応援しよう。」と語り合いました。
この時間、大町では、もう真夜中を過ぎ、日付も変わっていました。こんなに遅くまで、パブリックビューイングやテレビで、たくさんの皆さんに応援をいただきました。

3位決定戦不戦勝との一報

現地にいた私が、中国のリ・シュエルイ選手が怪我のために翌18日の3位決定戦を棄権するという一報を聞いたのは、日本からの応援の皆さんと一緒にいた夕食会の席でした。昼間、同じコートで行われた準々決勝のもう一つの試合で、リ選手が突然グラッと崩れるように倒れ込み、コート脇でコーチがしばらく脚を心配する様子を見ていましたので、あるいは怪我をしたのではとの予感がありました。この時、リ選手は、膝の靭帯を損傷していたと後になって聞きました。
私はこの知らせを聞いた瞬間、全身から力が抜けていくようでした。どう考えたらよいのか、様々な思いが次々に頭をよぎりました。ああ、これで希望さんは試合をしないで済むんだ、無理をしないで済むんだとの思いも正直、頭に浮かびました。しかし、きっと希望さんは、心を澄ませて明日に備えているはずです。私は、とっさに、希望さんがどんな思いでこの知らせを聞いたかがとても気になり出しました。少し後で、お父さんから、普段感情を露わにすることなど決してない希望さんが、涙して悔しがったと伺い、私には返す言葉がありませんでした。よほどの思いだったのでしょう。
それから私は、店の外に出てスマホを取り出し、未確認情報だとしながらも柳澤秘書係長に電話を入れ、吉澤副市長さんと体協石原協会長さんにこのメダル確定の報を伝えてもらい、直ちに必要な対応を検討していただくようお願いしました。
夕食会が終わり宿舎に戻ると、先ほど送ったばかりの市民の皆さんに向けての現地からのリポート、「明日の3位決定戦、私も声がつぶれるまで応援がんばります・・・。リオにて」という文章に替えて、震えがちな指先で「銅メダルおめでとう。希望さんの長年の夢が叶い・・・」と長いお祝い文に書き直して再送信しました。この現地からのリポートは、滞在中の4日間、毎日せっせと慣れない手つきでスマホを繰り、市民の皆さんと報道の皆さんに市役所を介して送っていたものでした。

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